あいたいわ

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既存の社会システムを手放す

既存のシステムを手放す3つの方法

 

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既存のシステムはすなわち、私たちの日常の常識だともいわれているわけですが、それがなかなかに面倒なものだなと思うのです。

常識が本当に正しいかどうかということはわかりません。特に、今日の日本において常識はかなり歪んでいるように思います。

結局私も既存の社会システムをパァッと捨てれるほどの覚悟は無いです。でも、捨てられない自分の気持ちに蓋をするんじゃなくて、ちゃんと向き合って、じゃぁどこからならできるの?なにがしたいの?って自問自答して行動することが大切だと思ってます。

捨てられない気持ち、本当は手放したほうがいいこと、改めたほうがいいことについて指摘されたときに、もやもやした言葉が出てくるときほど、いやなものはありません。自分ではそれが良くないことだということをわかっているからです。

物事を改めたほうがいいと思っていても改められないということについては自分にも相手にも、嘘をつかないことが大切だと思うのです。相手からそれをしてきされたとしてもこころから、「そうだよね。ありがとう。」と言えればよいなと思うのです。

自分を何をしたくて、何をしたくないのか

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自分が何をしたくて何をしたくないのかということを知ることは既存の社会システムを手放すためにはとても必要なことです。私は自分が本当は何をしたかったのかということをよく自問自答した7年間を過ごしました。

まだ、山形に避難したころは怒りや悲しみ、むなしさのほうが勝っていて、本当に自分が何をしたいのかということを考えるような余裕はありませんでした。むしろ、生きるという希望すらを失っていて、死ぬことばかりを考えていたように思います。

余談ですが、私が死ぬことばかりを考えていた理由は、既存の社会システムの中で大人たちがいかに嘘をつき、子供たちの命を大切にしないかということを知ったからです。人の尊厳を無視し、自分たちの都合でしか考えない大人たちの都合のよさに愕然としてしまったのです。

中学校卒業するまでは私は大人に対してなんとなく、違和感を感じながらも、正しい存在だと考えていました。しかし、震災と原発事故が起こり、大人も一人の人間なのだということを痛感したのです。本当に正しい人間などいないのではないかと。

そして私はいつの日か、大人と子供というくくりすら、社会的な枠組みでしかないということも考えるようになりました。年齢など関係ないはずだと思いました。それは当時、お前は子供なのだからといって子供たちや若者に対して口封じをした大人たちが身の回りにいたからです。

私の場合、自分が何をしたくて、何をしたくなかったのかといえば、一番は自由に生きたいということであり、誰かに支配されるような生き方をしたくないということでした。これはあくまでも大きなテーマであり、ここからさらに、そのためにはどうしたらいいのかということをどんどん突き詰めていきました。

自分の思いと逆行することはしないようにしようとも決めました。自分の心苦しいことをすればすぐに気持ちが悪くなってしまうからです。自分のご機嫌は自分でとりましょうとは言いますが、なかなかそれができないひとが多いように感じています。

それは、自分が本当は何をしたいのか、何をしたくないのかということが明確でないからのような気がします。

何ができて、何ができないのか

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何ができて何が出来ないのかということも既存の社会システムを手放すためには必要なことです。既存の社会システムを手放すというのは自由を求めるということでもあります。それは、自分がなすことには自分に責任があるという事を自覚する必要があるということでもあります。

何ができて、何が出来ないのかということは、実は自分が実際にやってみないとわからないことなのです。何をしたくて、何をしたくないのかということを明確にしたのちに、実際に行動に起こしてみます。すると、実際、自分がしたかったこと(理想)との差があきらかになります。本当はこうしたかったけど、できなかったということもあります。

大切なのは、この乖離についてもまずは認めるということです。できなかった理由探しをする前に、まずは出来なかったことを素直に認めます。それから、それができなかったからと、やりたいことをあきらめる必要はありません。別な方法でそのやりたいことに近づくこともできるからです。突破口を見つけること大切です。

誰といて、どこにいたいのか

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人間関係と環境というのは既存の社会システムに大きく影響しています。自分がかかわる人間によっては自分の価値観までが変わることもあります。それは良くも悪くもです。また、環境も自分の人生を左右します。自分がそのとき本当にやりたいこと、できることに対して環境がミスマッチしているとこれもまたちぐはぐなことが起こります。

たとえば、「自然豊かなところで動物と過ごしたい」「動物たちのケアができる」という状況に対して、環境が「都会で動物と一緒に入れないアパートに住んでいる」

という状況だとなかなかやりたいことが心置きなくできるとは言えないということなのです。

また、人間関係にしても、自分の興味のある分野の集会に出てみるということは大前提ですし、自分自身が声を上げて活動に力を入れるということもありでしょう。しかし、人脈というのは不思議なところでつながることもよくある話です。

自分が予期していなかった分野が実は自分がやりたいことにつながっていたということはよくあることです。はじめから意味がないことだと思わず、興味をもってまずは足を踏み込んでみるとよいと思います。

根っこはどこにあるのか

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根っこはいつも自分の奥深いところにあります。前のブログ(以下参照)でもよく話していたように、この国の社会システムは木に例えることができます。

nostalgia311.hatenablog.com

全ての事は木に例えられます。

それは本当に根を変えるために必要なことなのかどうかということを私たちは自問自答する必要があると思うのです。

また、社会システムを変えるために特に「〇〇反対!」というような活動をしたりすることもあるかもしれません。しかし、その文言だけでは何も変わらないのです。今の社会システムで働き手となっているのはやはり男性です。昔と状況は激変したとはいえ、相変わらず女性の立場が尊重されているとはいいがたいです。俗に「男社会」とも呼ばれている構造の会社や団体、政界にたいして、ただ単に「〇〇反対!」ということを言っても無駄である可能性が非常に高いと思います。

よく考えてみてください。「なんでいつも同じこと言わせるの!」と旦那さんや、彼氏さんによく言ってしまうという方もいると思います。しかし、ふたを開けてみれば、男性は「そんなこと言われても…じゃあ、どうしたらいいの?」と思っているようです。「やればいいのよ、いわれたことを」という意見もあるかもしれませんが、これって社会的に今通用するかどうかということを考えてみてください。

つまり、何らかの活動をする場合に、「○○反対!」「どうして〇〇してくれないの?!」ということだけを伝えるとお互いに消化不良になりやすいような気がするのです。

大切なのは対話をするということだと思います。何に困っていて、具体的に何をしてほしいのかというようなよく起業で書くような企画書を準備したほうがいいということです。思っていることが正しくとも、ただ単に苦しいということを伝えるだけでは残念ながら今の日本社会ではただの「遠吠え」として認識されてしまうのです。もちろん、これは人々に対する想像力の欠如がそうさせているのであって、声を上げている人たちに罪があるわけではありません。

ただ、今の現状として、できることはその「企画書を提出する・発表する」ということなのだと思います。

(旦那さん・パートナーさんにも有効な方法です。ちょっとパワーがいりますが、毎度毎度怒るよりかは気持ちがいいと思います。)

既存の社会システムを手放すことで本当の自由を手に入れる

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既存の社会システムを手放すということは決して楽なことではありません。特に、この国の教育は幼いころから社会で労働者として働くための洗脳だともいえるくらいに子供たちの想像力を奪っていきます。画一化されたものを当たり前のものだと教え、そうではないものを排除したり、無視したりしようとします。

人々の想像力がなくなったこの国に、おもてなしということができるかといえば無理でしょう。できるのは忖度でしょうか。

ヘイトがまかり通り、独断と偏見による政治が行われる。それに従わなければ、反日だといわれる。それが今日の日本の姿です。

もちろん、それはおかしいと、声をあげ、実際に行動に起こしているという人たちもいます。そうした人たちを私は心から尊敬していますし、自分もその一人でありたいとおもって行動を起こしています。

一人一人の力は小さいですが、それぞれの行動は必ずつながっていきます。

久々の更新になりましたが、またぼちぼち書いていきたいと思っています。

来月からは講演会の予定などが入って忙しくなりそうです。

もしかしたら今年、本を出版するかもしれません。原稿頑張って書き進めていきます。

また読みに来てくださいねー!