あいたいわ

「あい」と「たいわ」をテーマにしたブログ

さくらんぼ


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いつぶりだろうか。
三年、四年ぶりぐらいになるだろうか。
さくらんぼを食べた。
モモに関してはあの日以来口にしていない。

仁木町のさくらんぼ。
山形はさくらんぼで有名。
ただ、怖くて私は食べれずにいる。

どこのものが安全で安心かなんて分からなくて、いつもロシアンルーレットに怯えている。

これから先結婚もせず、子供もうまずに、いつ死んでもいいやと思えたらもしかしたら産地も農薬も添加物もなにもかも気にしないのかもしれない。現状に落胆しながらも、未来に希望なんて持てるかよと思いつつも、結局どこかで何かに期待してるのか、自分を傷つけたくないのか、怖いのか、いろんな気持ちが結局混ざりあってる。

どっちが安全というより、私自身が安心して生きていけることが第一なんだよなと思って今は過ごしている。

山形のさくらんぼは甘くて美味しい。
仁木町のさくらんぼは酸味があって爽やかでこれはこれで美味しい。

でも、好みは山形のさくらんぼ。

桃はまだ食べれてない。
食べると思い出すからかもしれない。
あぁ、福島の桃は…って。

今年はどこか安心できる桃を買って食べようか。

いろんなことにビクビクしながら、
ゆらゆら揺れる毎日に戸惑いながらも、
私は私でいいんだよ。と自己肯定している。

誰かに誉められるわけでもない。
誉めてほしいわけでもない。

誰かに謝ってほしいわけでもない。

ただ、何が安心かとか、安全かとか、それこそ、何が常識とか、正しいとか、間違ってるとか、真髄に遠いところで平行線で話が続いているのを感じると、虚しくて。

ぶっちゃけ、そんなこと、どうでもいいじゃん。

なんでみんな争うんだろう。
なんでみんなホントに大切なものを大切にしないんだろう。
そして、なんで、大切なものを大切にしている人を叩くんだろう…。

私は純粋なんだと思う。
そして一方で真っ黒なんだと思う。
真っ白なのに真っ黒。
そんな両方を持ってて混ぜてグレーにして。
でも、そのグレーに温さも感じてて。

どうしたらいいんだろう。
でも、私はそもそも何に悩んでたんだっけ。
泣きながらいつの間にか朝になっていたこともあって。

明けない夜なんてないのに。
明けなければいいと願ってる私もいたりして。

もっと前向こうよ。

と言われても。屈折してる私にはそんな言葉は的はずれな一言にしか過ぎなくて。でも、それでも、その人の優しさも感じてて。

私はふんわりと笑ってみることしかできない。

そのうち、この屈折具合を本にしてみようかと思って数年が経った。きっと、ドロッとした作品になると思う。熱いのか冷たいのかもわからないような気持ち悪さを含んだもの。

でもそれって、今の社会そのものだと私は思う。表面が温度のわからない透明の何かでコーティングされてるだけで、中身はそんな感じだと思う。

ほんとに、得たいの知れないものをみすぎて疲れてる。

さくらんぼ。おいしかった。